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コラム(カンルンガン編)

2004/04/16 (金)  カテゴリー/Diary

今日はそんなに大した出来事もない一日でした。
たった一週間で勉強に対する熱意が薄れてしまったのか!?
そうではないことを祈るばかりです。
ということでネタがないので、
機会があって今日書いたコラムでもここに載せておきます。
編集はほとんどしていない、素の状態です。
読んでみたい人は続きを読む、で。
読む人は長いから頑張って読んでね。

~カンルンガン・サ・エルマの子供たちに会って~ 先進国の人間は何ができるのか

僕は春に行われたGlobal Village(以下GV)に参加して、フィリピンに行ったのですが、
GV終了後に会長の川原君と二人でフィリピンに残り、
約一週間をカンルンガン・サ・エルマ(以下カンルンガン)というNGOにお世話になりました。

このカンルンガンはストリートチルドレンを支援するNGOとして1988年から活動しており、
今回は日本人スタッフの方の計らいによってご好意で宿泊させてもらい
子供たちと生活を共にしました。
施設を3つ持っているのですが、
始めはドロップインセンターと呼ばれる、
学校に通っていない子供たちが寝泊りする施設にお世話になりました。
子供たちの年齢はバラバラで、スタッフの方に聞くと、
その理由はストリートでカンルンガンを知った年齢がそれぞれ違うから、ということでした。
そして驚いたことは、小学校に入るのは年齢に関わらず1年生から入学というフィリピンの制度でした。
ドロップインセンターで生活していた子供たちはその施設での生活態度がよければ、
学校に通う生徒だけが寝泊りしている施設に移動して、通学を始めることができるそうです。
スタッフの方が「私たちを知る時期が早いことは幸せだ」といった内容のことを言っていました。
実際に生活しているのを見て、本当にそのとおりだと思いました。
たとえば10歳で小学校に入る子供は普通に入ってくる小学生と比べて、3・4歳は違います。
自分の年齢を隠したいぐらいつらいって思っている子供もいました。
でも自分自身の夢を実現させるために、一生懸命勉強して頑張っていました。
子供たちは本当に純粋で無邪気で突然やってきた僕ら2人の日本人に対して、
昔からの友達だったかのように接してくれました。
みんな甘えん坊で、一緒に寝ようって誘ってくるとこなんかすごく可愛かったです。

そうして5日間ほど過ごした後に、
副題としてつけたことを考えさせる出来事がいくつかあり、二人で話をしました。
一つはデジカメ・デジカムのことです。
子供たちはデジカメを見るとすごく興味津々で撮りたがります。
僕自身の考えは、日本の子供たちと同じように接して、
しっかりと約束を守れば貸すというものでした。
しかし、川原君は経済的な問題で持つことのできない人たちが、
一時的にでもそういった物を手にすることで
持つ喜びを知ってしまうことに危惧を抱いているということでした。
確かに、僕は一人の子供に持たせすぎていたところがあり、
その子はとても撮る喜びと、撮った写真をみんなに見せる喜びにあふれていました。
でも、僕ら二人が帰国するともう手にすることができない。
そうなった時に彼がどう思うのか。
持ちたいという欲望が彼の未来を狂わせてしまうのではないのか。
考えもしなかった可能性が僕を苦しめました。

そしてもう一つ、これは本当に自分にとってショックでした。
フィリピンでは多くの日本のアニメが放送されていて、すごく流行っています。
ドラゴンボールやスラムダンク、幽々白書etc…があり、
子供たちは日本の子供たちと同じようにアニメのモノマネとかをして遊んでいます。
その光景はとても微笑ましいもので、自分の昔を思い出させてくれました。
ある日、デパートへカンルンガンの子供たちと一緒に行くことになりました。
そこで、子供たちが歌と踊りを披露するからです。
そのデパートではスーパーヨーヨーのコンテストが開かれていました。
日本で数年前に流行っていたやつです。
フィリピンの子供たちも同じように様々な技を出していました。
詳しくは知らないのですが、
彼らのパフォーマンスはスーパーヨーヨーと呼ばれるものでしかできない動きらしいです。
それを見ていた子供の一人が、
自分の持っている普通のヨーヨーで同じ動きをしようと頑張っているのを隣で見ました。
彼は頑張ってやろうとして、
指を挟んだりして失敗していたのですが、しょうがないよって感じで僕に笑いかけてきた時にショックを受けました。
フィリピンの中での経済的格差があるとか、
持てる子供、持てない子供の存在を知ったことによるショックだけではありませんでした。
その事実は日本にいるときから知識として持っていたので。
僕はアジアで日本のアニメが放送されること自体はとてもいいことだと思います。
子供たちに僕たちが子供の頃と同じように元気と夢を与えてくれます。
でも、アニメを利用した二次的産業は大嫌いです。
例をあげると先ほどのヨーヨーやミニ四駆、カードゲームなどです。
フィリピンで放送されているのは、日本でブームが去ったから
企業が市場をフィリピンに移したのだと考えてしまいます。
僕はここに経済的暴力を見てしまった気になるのです。
そして自分たちが子供たちの助けとなることが出来たのかわからない不安。
日本人ってなんだろうって思いました。
便利な生活を捨てることの出来ない自分。
途上国の人たちにも同じ生活をして欲しいという独りよがりのエゴとも呼べる願い。
自分ひとりの力がどれだけちっぽけか思い知らされました。

日本に帰ってきた今、
自分が出来ることは考えました。
その答えの一つは、
より多くの人に、カンルンガンという場所で夢に向かって頑張っている子供たちがいっぱいいることを知ってもらうこと。
そして、知ってもらった人にその子供たちを援助する方法がたくさんあるよ、ってさらに知ってもらうことです。

自分に出来ることはちっぽけかもしれない。
でもみんなが力を合わせた時の大きさを知っているから、動き出す勇気も持てる。
また、あの子供たちの笑顔に会うためにも日本という地で精一杯、自分の出来ることを頑張りたいと思っています。
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